大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)424号 判決

上告人

渡邊正保

右訴訟代理人

奥野健一

伊豆鉄次郎

早瀬川武

被上告人

浅間神社

右代表者代表役員

坂本任邦

右訴訟代理人

村松俊夫

江橋英五郎

右補助参加人

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

柳川俊一

外七名

選定当事者

被上告人(当事者参加人)

大森虎三

外九名

右一〇名訴訟代理人

大野正男

(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

右当事者間の東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第一六六八号、同四四年(ネ)第二八七五号地上権存在確認、地上権設定登記手続、土地引渡請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が昭和五〇年一二月二六日に言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人らは上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一  原判決中当事者参加人らの地上権設定仮登記の抹消登記手続請求に関する部分を破棄し、第一審判決中右請求に関する部分を取り消す。

二  当事者参加人らの右請求を棄却する。

三  上告人のその余の上告を棄却する。

四  訴訟の総費用は、上告人及び被上告人神社について生じた分を上告人の負担とし、当事者参加人について生じた分を四分し、その三を上告人の、その余を当事者参加人らの各負担とする。

理由

上告代理人奥野健一、同伊豆鉄次郎、同早瀬川武の上告理由第一点について

入会部落の構成員が入会権の対象である山林原野において入会権の内容である使用収益を行う権能は、入会部落の構成員たる資格に基づいて個別的に認められる権能であつて、入会権そのものについての管理処分の権能とは異なり、部落内で定められた規律に従わなければならないという拘束を受けるものであるとはいえ、本来、各自が単独で行使することができるものであるから、右使用収益権を争い又はその行使を妨害するものがある場合には、その者が入会部落の構成員であるかどうかを問わず、各自が単独で、その者を相手方として自己の使用収益権の確認又は妨害の排除を請求することができるものと解するのが相当である。これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、当事者参加人らは、本件山林について入会権を有する山中部落の構成員の一部であつて、各自が本件山林において入会権に基づきその内容である立木の小柴刈り、下草刈り及び転石の採取を行う使用収益権を有しているというのであり、右使用収益権の行使について特別の制限のあることは原審のなんら認定しないところであるから、当事者参加人らの上告人及び被上告人神社に対する右使用収益権の確認請求については、当事者参加人らは当然各自が当事者適格を有するものというべく、また、上告人に対する地上権設定仮登記の抹消登記手続請求についても、それが当事者参加人らの右使用収益権に基づく妨害排除の請求として主張されるものである限り、当事者参加人ら各自が当事者適格を有するものと解すべきである。これと同旨の原審の判断は正当であつて、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、入会部落の構成員の一部の者が入会部落民に総有的に帰属する入会権そのものの確認及びこれに基づく妨害排除としての抹消登記手続を求めた場合に関するものであつて、事案を異にし本件に適切でない。

しかしながら、職権をもつて、当事者参加人らの請求中本件山林について経由された地上権設定仮登記の抹消登記手続請求の当否について検討するに、当事者参加人らが有する使用収益権を根拠にしては右抹消登記手続を請求することはできないものと解するのが相当である。けだし、原審が適法に確定したところによれば、当事者参加人らが入会部落の構成員として入会権の内容である使用収益を行う権能は、本件山林に立ち入つて採枝、採草等の収益行為を行うことのできる権能にとどまることが明らかであるところ、かかる権能の行使自体は、特段の事情のない限り、単に本件山林につき地上権設定に関する登記が存在することのみによつては格別の妨害を受けることはないと考えられるからである。もつとも、かかる地上権設定に関する登記の存在は、入会権自体に対しては侵害的性質をもつといえるから、入会権自体に基づいて右登記の抹消請求をすることは可能であるが、かかる妨害排除請求権の訴訟上の主張、行使は、入会権そのものの管理処分に関する事項であつて、入会部落の個々の構成員は、右の管理処分については入会部落の一員として参与しうる資格を有するだけで、共有におけるような持分権又はこれに類する権限を有するものではないから、構成員各自においてかかる入会権自体に対する妨害排除としての抹消登記を請求することはできないのである。しかるに、原審は、なんら前記特段の事情のあることを認定することなしに、当事者参加人らが入会権の内容として有する使用収益権に特別の効力を認め、右使用収益権はその法的効力においていわば内容において限定を受けた持分権又は地上権と同様の性質を持つものと解したうえ、当事者参加人らは、右各自の使用収益権に基づく保存行為として本件山林について経由された地上権設定仮登記の抹消登記手続を請求することができるものと判断しているのであつて、右判断には、入会権に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、右違法が原判決中右抹消登記手続請求に関する部分に影響を及ぼすことは明らかである。

したがつて、論旨は、理由がなく、採用の限りでないが、原審が当事者参加人らの請求中本件山林について経由された地上権設定仮登記の抹消登記手続請求を認容したことは失当であるから、原判決中右請求に関する部分を破棄し、第一審判決中右請求に関する部分を取り消し、右請求を棄却すべきである。

同二点について

記録によれば、所論の主張は、本件山林が被上告人神社の所有であつて同神社は上告人との間で適法かつ有効に地上権設定契約を締結したことを強調する趣旨に出たものにとどまり、独立の抗弁として主張する趣旨と解することはできないから、原審が所論の主張について判断を加えていないからといつて所論の違法があるとはいえない。のみならず、記録によれば、当事者参加人らは、上告人主張の地上権設定契約は本件山林について処分権限のない被上告人神社との間で締結された無効なものであると主張して民訴法七一条に基づき本件訴訟に当事者として参加し、上告人及び被上告人神社の双方に対し、右地上権設定契約に基づく上告人の請求とは両立しえない請求をしていることが明らかであつて、本件山林はその実質においては山中部落の総有であつて被上告人神社はなんらの処分権限を有しないものとして当事者参加人らの入会権の内容である使用収益権の確認請求を認容する限り、右地上権設定契約を有効なものと認めて上告人の被上告人神社に対する請求を認容することは、論理的に不可能であるといわなければならない。そうすれば、たとえ所論のように、被上告人神社には上告人との関係で右地上権設定契約の無効を主張することの許されない特段の事情があるとしても、処分権限のない被上告人神社が締結した右契約を有効なものと認めて上告人の請求を認容する余地はないから、仮に原審において所論の主張がされていたにもかかわらず原審がこれについて判断を遺脱したものであるとしても、右は判決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。論旨は、結局、採用することができない。

同三点について

原審が確定したところによれば、本件山林について被上告人神社名義に所有権移転登記が経由されたのは、入会部落である山中部落が独立の法人格を有せず、払下げを受けるにあたつて部落有地としての登記方法がなかつたためやむをえず行つたもので、所有権の信託的譲渡があつたものではない、というのであり、右事実は原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができる。もつとも、右事実によれば、被上告人神社に対する右所有権移転登記が入会権者である山中部落民の承諾を得て経由されたものであることを否定することはできないが、入会権については現行法上これを登記する途が開かれていないため(不動産登記法一条参照)、入会権の対象である山林原野についての法律関係は、登記によつてではなく実質的な権利関係によつて処理すべきものであるから、本件山林について被上告人神社名義に所有権移転登記が経由されていることをとらえて、入会権者と被上告人神社との間で仮装の譲渡契約があつたとか又はこれと同視すべき事情があつたものとして、民法九四条二項を適用又は類推するのは相当でないものというべきである(最高裁昭和四二年(オ)第五二四号同四三年一一月一五日第二小法廷判決・裁判集民事九三号二三三頁)。右と結論を同じくする原審の判断は正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九三条、九二条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

選定者目録

山梨県南都留郡山中湖村山中五番地 高村節久

〈外二四九名〉

上告代理人奥野健一、同伊豆鉄次郎、同早瀬川武の上告理由

第一点 入会権は権利者である一定の部落民に総有的に帰属するものであるから、入会権の確認を求める訴は、権利者全員が共同してのみ提起しうる固有必要的共同訴訟というべきである(最高裁判所昭和四一年一一月二五日判決、大審院明治三九年二月五日判決)。従つて、本件において被上告人当事者参加人の「本件使用収益権を有することの確認の請求」は、その前提として入会権自体の存在を主張しているのであつて、結局入会権の確認の請求と同視すべきものであるから入会権者全員が当事者となつていない本件当事者参加人の本訴は、当事者適格を欠く不適法なものであるから却下を免れない。

また、原判決(理由一頁裏)は「入会権者は入会集団の構成員として慣習に基づき集団的又は個別的に採草、採石、採枝、樹木の育成等の使用収益行為をなしうる権能を有するのであつて、右入会構成員が入会権の支分権として有する使用収益権につき争いがある場合においては、対外的又は対内的にその存在の確認を求める利益ないし必要のあることは共有権における持分の確認と何ら異なるところがないものというべきである。本件における参加人らの請求は右入会権に基づく使用収益権の確認並に保存行為としての地役(上の誤りか)権設定仮登記の抹消登記手続等を求めるものと解しえられないではないから、その当事者適格はこれを肯定するのが相当である。本件参加人らの請求が固有必要的共同訴訟の範ちゆうに属するとの控訴人の見解は当裁判所これを採用しない。」と判示する。

しかし、入会権は共有権とその法的性格を異にし、入会権の主体は、所謂実在的綜合人(部落自体)であり、その構成員たる部落民各個は共有の場合の如く持分を有せず、また分割請求権も有しない。すなわち、各部落個人として有する収益権は、持分権だとはいえないから、対外的にそれを主張して、その確認を求めることは認められない。(しかし、対内的に、部落団体または特定の部落民に対して、その収益権の確認を求めることは許されるものと解する。)(法律学全集18巻、物権法四五三頁参照)

個々の入会権者の収益権について原告適格を認めようとすることは恰も共有持分に関する紛争ないし保存行為に該当するという理由で、一部共有権者の訴訟適格を認めているのと類似している。しかし、入会権の内容を団体の権能たる管理処分権と個人の権能たる使用収益権とに区別すること自体、入会団体の総手的性格に反する構成であり、入会理論として取るべきでない。入会団体の有する「入会権」を個々の入会権者の有する権能とは別の独立の権利と考える考え方に由来するものであろうが、それは入会団体をその構成員とは別の法的主体と考える誤りに陥つている。(注釈民法(7)物権(2)五五一頁参照)

各入会構成員の使用収益権に対する外部よりの侵害は、実在的綜合人たる部落の入会権自体に対する侵害であり、この場合各個人に別々に訴訟を提起することを許し、各別の判決を得たとすれば、各個人間の使用収益権の内容につきバラツキを生じ、入会の運営統制を紊ることになる恐れなしとしないから、入会部落自身すなわち、部落民全員が外部に対し、入会権の帰属者として、侵害行為の排除をすることが最も適当である。若し、原判決の如く、個々の入会権者が使用収益権について原告適格を認めるならば、これによつて入会権確認の訴は入会権者全員が共同当事者としてのみ提起しうる固有必要的共同訴訟であるとする前記古くより現在まで確立された判例を容易に免脱し得ることになり、右判例を無意味ならしめることであり、右判例に矛盾し到底是認できないところである。

要するに、原判決が共有関係と全く法的性格を異にする入会関係について、入会の構成員の使用収益権を共有における共有者の持分権と全く同視し、当事者参加人の本訴の当事者適格を肯認したことは、重大なる法令の適用の誤りを犯したものであつて、原判決は破棄を免れない。〈以下、省略〉

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